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 わたしはとある男の妻である。夫とは、結婚してもう数年になる。勿論、この夫というのは二次元の存在だ。

 わたしは所謂『自己投影夢女』(※わたしの性自認が女であるため夢女と表記している)とカテゴライズされる者で、キャラクターの夢小説を書いている。しかし、わたしの中ではわたし自身がキャラクターと対話し、触れあって、恋をしている。わたしの作品に登場する女はわたしなので、名前変換機能も用いていないし、絵にもわたしの肖像がそこに投影される。他の誰かがわたしの作品を見て自己投影することを止めさせたり、否定することはできないが、作品を書くにあたってそれを想定はしていない。こういったスタイルを『夢』とするのか、各人により解釈は異なると思う。しかし、わたしにとってこの夢の世界は正に生きる活力で、もしわたしがこの世界に別れを告げることになるとしたら、きっと計り知れないほどの大きな痛みを伴うことだろう。


 ここからは暫し長めの自分語りタイムである。中学時代に夢という概念に触れ、自身でも夢小説を書いて発信するようになったのは高校生になった頃だった。それ以前もノートにこっそり手書きの夢小説を書いていたような気がするが、自分の携帯電話を持ったのをきっかけに、フォレストページに自分のサイトを開設し、夢サイト管理人デビューを果たした。多感で移り気な思春期はジャンルが全く定まらず、また気分でサイトを閉鎖したり移転したり、巣を転々としていた。自分の作品を残すという考えもなく、閉鎖したサイトの作品はあぶくのように消えていき、今はもう当時どんな作品を書いていたかも思い出せない。ただ、本当に一心不乱に文章を書いていたと思う。六十編ほどのリクエストを受け付けて、ほぼ毎日更新していた時期もあった。若いエネルギーをすべて夢創作にぶつけていたのではないかと、今になると思う。今の自分が自己表現するのに取る手段が夢しかないのも、この時期があったからだろう。

 それから大人になるにつれ、いつしか夢からは遠のいてしまった。夢の対象となるキャラクターが見つからなくなった。毎日二時間近くかけて通学し、バイトをして友達と遊んで、たまにアニメや漫画を嗜むだけ。そんな時期が続き、とうとう夢小説を書いていた年数を超えた。社会に出て働いて、恋愛もした。好きになっても上手くいかないことばかりで、最後に付き合った彼氏には何股も掛けられ、挙句の果てに振られた。最後にそいつが選んだのは、わたしと同じ名前の女だった。元々さほど気に入っていたわけではなかった自分の名前を、わたしは大嫌いになった。

 夢小説を読むとき、名前変換機能が付いていても自分の名前をそのまま入れたことはなかった。前述したように元々気に入っていたわけではなかったので、本名をもじった夢小説閲覧用ネームを使用するか、それすら面倒なときはデフォルト名のまま読んでいた。好きなキャラクターがわたしの名前を呼んでくれる、それがどうにも気恥ずかしくてしっくり来なかった。

 それからしばらくして(一年はゆうに超えていた気がするが忘れたい出来事なのであまりはっきりと覚えていない)、わたしは今の夫に出会った。二次元にもう入れ込むことはないだろうと思っていたが、ものの見事に恋に落ちた。毎日姿を見ては目をハートにし、声を聴いては身悶えた。少しずつグッズを買ったり、毎日ツイッターで「好き」「結婚したい」と呟いていた。高校を卒業してぱったりとやめていた夢創作も再開し、わたしはまた夢小説を書いて公開するようになった。途中、他のジャンルでも作品を書いた。それは読者が自己投影・もしくは自身の夢主を投影することを想定した名前変換小説だった。しかし、出会ってしまった"彼"の小説には、どうしても名前変換をつけられなかった。幸い、名前を出さずとも成立する呼び方が公式に存在するので、しばらくはそれで事なきを得ていたが、わたしたちの関係が進展し、結婚することになったとき、彼はついに、わたしの名前を呼んだ。メタ的な話をすると、彼にわたしの名前を呼ばせることにしたのだが、それが思いのほかしっくり来た。嬉しかった。もう受け入れてもいいのかな、と思えた。彼がわたしの名前を呼んで、手を引いてくれたような気がした。

 それからは開き直ったような感覚になり、今わたしは大真面目に、彼の妻として生きている。自分が彼と出会ってから結婚するに至るまでの長編を二年ほど前から書き始めた。長編なんて続かないからと昔ならば挑戦することもなかった。でも今は、何年かかっても最後まで書き上げる気持ちでいる。わたしたち夫婦が存在するということを形に残したくて本も作った。これからイベントに向けて新たな作品も書いていくつもりだ。わたしは生きている。同担拒否を拗らせたりもするし、そんなときは自分が情けなくなるけれど、わたしにはわたしの夢しかない。これからも愛してる。

救いの手に触れて

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